新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、日毎重症者、死者ともに確実に増えています。医療の受け入れ体制も逼迫し、今まで受けられた医療が受けられない事実上の医療崩壊が始まりました。
生物的な死か社会経済的な死か、どちらに価値を置くか各国民が自分で決めて行動してくれ、と開き直った日本政府の方針と理解するほかないのでしょう。

感染拡大を許容しつつ経済を回すという国の戦略は、ある意味焦土作戦かもしれません。
コロナ禍という天災を機に進まなかった中小企業の整理などの構造改革をやってしまおうという意図が日毎に鮮明になっています。

欧米、中国にまで背中を押される形で2050年までにカーボンニュートラルを実現するとようやく表明した日本政府ですが、そのためには産業構造自体を大転換しなくてはなりません。次世代の主要産業の柱を国民に示せない中で脱炭素社会にするのは容易なことではありません。
産業革命以降、石炭を主な燃料として使った約60年後に原油が主カエネルギーとなり、産油国機構OPECも創立60年を迎えました。世界中で代替エネルギーヘのシフトを本格的に加速させる時期に来ていることは間違いありません。

目下国が躍起になって続けているGoTo事業や五輪開催へのエネルギーの傾け方をみていると、観光立国として外貨を稼ぐためのインフラは何が何でも失いたくないという執念が透けて見えます。
産業の米といわれる電材メモリ分野での世界的地位を失い、アフターコロナの主要産業として現状観光事業しかまともに国民に示せないということでもあるのでしょう。

今やデジタル社会を切盛りするためのデータ資本と宇宙開発も含めた通信インフラを持てるか否かが国家の趨勢を決める社会になり、コロナ禍がその方向性を鮮明にしました。
中国ではこの1年猛スビードで5G基地局の整備が進められたそうです。13億人の感染コントロールをしつつ、経済成長を続けるために不可欠な社会インフラですが、新幹線乗車も体調管理を網羅したスマホを介してのみなど、社会主義国ならではのデジタル親和性はここまで徹底されると天晴れとしかいいようがありません。

通信インフラの安全性を考える上で無視できないのが公器としてのプラットフォーマーへの信頼性です。

民主党政権へ交代する米国、EUでも解体分割論あるいはデジタル課税の早期導入が声高に議論されるようになった巨大テックプラットフォーマーはコロナ禍でさらに自身を強靱化する勝者総取りに邁進しています。
米国議会の喚問でも明らかになりましたが、残念ながら当事者であるGAFAは一介の企業としての経済活動を行うだけで利益さえ上げられればそれでいい、公器としての責任を負うつもりはない、という姿勢です。
米国大統領選挙で問題になったようにSNSは世界規模の嘘つき量産システムと椰楡する声もありますし、ある意味その通りでしょう。
過剰なマネー資本主義が不作法な子供を甘やかすような規律のなさで彼らの寡占を許すという悪循環は歯止めをかけなければならないでしょう。

コロナ禍を通して経済格差も大きくなり、世界中がこのままでは社会の分断が引き金で自分の周囲の生活基盤自体が崩壊するかもしれないという危機感を持つようになっています。
「自分だけ、自分さえよければいい」という現在のGAFAの論理は社会の共感を得られるとは考えにくいですし、いくら彼らの技術のおかげで生活が便利になったとしてもその傲慢さは皆が許容できなくなるでしょう。
「今だけ、お金だけ、自分だけ」という人間は社会生物として淘汰されるように、身勝手な人間、身勝手な企業は社会にはもう不要かもしれません。